話題のエクストリームスポーツで起こってしまったおそろしい悲劇集

エクストリームスポーツ

エクストリームスポーツをご存知だろうか?ブックメーカーのようなスポーツベッティングのようなエキサイティング要素や、eスポーツのエキサイティング要素とはまた違う新世代の注目されるスポーツです。

エクストリーム(極限)と称するだけありこのスポーツ難易度や危険のレベルの高さたるや他のスポーツを圧倒しており、危険と死が隣り合わせのスポーツで、エクストリームスポーツプレイヤーはもっぱらクレイジーな人間だと見受けられています。

しかしエクストリームスポーツの魅力は普段味わえない危険やスリルを写真や映像を通して自分自身のことのように体験することでその興奮を味わうことです。それはおそらく文章で表すことのできないおおきな快感を味わえるのでしょう。

しかし、やはりこういった危険なスポーツには危険故に非常な現実が待ち受けているものです。

今回はそんなエクストリームスポーツで人々を魅了し、悲しすぎる最後を遂げた著名なエクストリームスポーツプレイヤーを紹介します。

エクストリームスポーツプレイヤー

ウイングスーツベースジャンパー  Uli Emanuele / ウリ・エマヌエーレ

ウィングスーツとはスカイダイビングを楽しんでいたダイバーが研究開発した簡易滑空飛行スーツです。手と足の間を布が覆っているその特徴的なスーツ故にムササビスーツとも呼ばれており、高所から飛び降りるときの速度は驚異の時速200キロメートル超え!そして毎年20人以上が命を落としています。

エクストリームスポーツのベースジャンプ/【Building ビルディング(建物)、Antenna アンテナ(タワー)、Span スパン(橋)、Earth アース(崖) それぞれの頭文字をとってBASEJANP】のプレイヤーは高所から飛び降りるのにこのウィングスーツを使用する者も多く、その第1人者がウリ・エマヌエーレでした。頭部につけたカメラによる動画を見ればその驚くべき速度で木や崖の間をすり抜けていく光景を追体験できます。精密機械のように速度や高さや角度を計算して勇気を持って飛び立つ姿はかっこいい以外に表現できません!ウィングスーツ界のスターでありウイングスーツを使ったベースジャンプの素晴らしさを教えてくれたプレイヤーでした。

ウリ・エマヌエーレは、イタリアのドロミテ山脈でウイングスーツジャンプをライブストリーミングで撮影している最中、岩に激突するというアクシデントに見舞われそのまま亡くなってしまいました。

サーフィン Malik Joyeux / マリック・ジョエユー

サーフィンは世界中で楽しまれるアウトドアレジャーとして有名ですが、その中でも海外ではプロサーファーといってサーフィンの実力で生計を立てている人たちも存在します。

サーフィン大会の賞金やスポンサー契約やCMのギャラなどでも生計を立てており、世界的にも高い人気があります。日本でもサーフィンは人気ですがまだまだプロサーファーは少なく知名度も低いです。

サーフィンもその危険な高い荒波をクールに乗りこなす姿からエクストリームスポーツの1つとして数えられています。

プロサーファーのマリック・ジョエユーもそんなエクストリームスポーツの第1人者です。幼少の頃にタヒチに移り住み、8歳から始めたサーフィンの腕前は世界レベルにまで成長し、タヒチの代表的サーファーとして知られていました。

しかしサーフィンもまた危険を伴うスポーツであるということを思い知らされます。

さらに実力とキャリアを磨くためにハワイに移り住んだマリックはハワイのノースショア、有名なオアフパイプラインでの2.5メートルほどの波に飛び乗ろうとしてタイミングが合わず、波に飲まれてしまいました。

サーフボードは破壊され、マリックも水面に上がってこなかった。仲間たちの必死の捜索も行われましたが見つからず、15分後にオアフパイプラインの端で発見されました。

心肺蘇生が行われましたが間に合わず、若く才能に溢れたプロサーファーは悲劇的な死を迎えてしまいました。

サーフィン Jay Moriarity / ジェイ・モリアリティ

ジェイ・モリアリティはアメリカのサーファー界のイコン(象徴)的な非常に有名な存在です。2001年に当時わずか16歳でノーザン・カリフォルニアで有名なサーフ・ブレイクであるマーベリックスというサーフスポットで、大きな波に吹き飛ばされる彼の写真がサーフィン誌の表紙となり一躍世界に名を知らしめました。このマーベリックスでの高波は18メートル(60フィート)と世界有数かつ高難易度な伝説のサーフスポットであり、世界中のサーファーが挑戦し、毎年数人のサーファーが亡くなっています。

ジェイの写真は世界中のサーファーにとって衝撃的だったのです。

そんなサーファーたちの若き伝説であったジェイはマーベリックスの制覇から数年後の22歳という若さで亡くなりました。インド洋でのトレーニングを兼ねたフリーダイビング中に事故というなんとも歯がゆい死でした。

死後ジェイの生涯を描いた映画が製作されるなど、ジェイのサーファーに与えた影響力の大きさが伺えます。

ベースジャンピング Dwain Weston / ドウェイン・ウェストン

ベースジャンプはエクストリームスポーツの中でも本当に危険と隣り合わせです。ベースジャンプで有名なベテランプレイヤーだったドウェイン・ウェストンは世界中の危険な場所その数実に1000ヶ所以上で危険なベースジャンプを成功させてきました。そんな彼が失敗することなど一体誰が予想したでしょう。

その日ドウェインはもうひとりのエクストリームスポーツプレイヤーと高所から飛び降りてウィングスーツを使い、二人で橋の上下を飛び抜ける予定でした。しかしドウェインは橋に激突。時速200キロメートルで橋にぶつかり凄まじい音を立てて谷底に落ちていきました。ドウェインが橋にぶつかる動画を筆者も見たことありますが視聴したことを後悔しました・・・読者の皆さんも視聴は自己責任でお願いします。もちろんドウェインは即死で、ベースジャンプの恐ろしさが伺えますね。

モトクロス Kuraudo Toda / 戸田蔵人

モトクロスは不安定な地形をオートバイで走破するレース競技です。オートバイが横1列に並び一斉にスタートする景色は壮観です。そんなモトクロスのプロレーサーだった戸田蔵人選手は6歳からモトクロスの世界にのめり込み、17歳でプロレーサーとしてデビューしました。

そんな彼を最初の不幸が襲います。2008年にスズキとヤマハの合同練習中に事故に巻き込まれたことで脊髄を脱臼粉砕骨折、肋骨を1本残して全骨折、肋骨が肺を突き破り大量出血する大怪我を負ってしまいます。死んでもおかしくない大事故でしたが九死に一生を得た戸田選手。しかしその結果下半身不随の状態となり医者からは一生車椅子生活になると宣告されます。

しかし彼はモトクロスレーサーとしての人生を諦めませんでした。再び自分の足で歩くことを信じて医者や治療法を必死で探し、リハビリ生活を行いました。更にオートバイを下半身不随な戸田選手でも乗ることができるように改造し、自分の体をオートバイに縛り付けてモトクロスの世界に不死鳥の如く舞い戻っていきました。

そんな戸田選手に再び不幸が襲いかかるなどと誰が予測できたでしょうか?

2015年茨城県かすみがうら市のモトクロス練習場でジャンプの練習中に転倒し緩衝材に突っ込みバイクが炎上しました。身体をオートバイに縛り付けていたことで逃げ出すこともできず、火の回りも早かったため戸田選手の仲間も近づくことができませんでした。ようやく火を消し止めた時、戸田選手は全身火傷で亡くなられていました。不屈の精神で自分の人生を生きた戸田選手でしたが、残念ながら再び自分の足で歩くという夢を叶えることはできませんでした。

エクストリームスポーツプレイヤー Erik Roner / エリック・ローナー

エクストリームスポーツ界では非常に有名なドイツ人エリック・ローナー。彼はMTVのリアリティ番組「Nitro Circus ~激突!おバカ☆ライダー」で知名度を上げたプロエクストリームスポーツプレイヤーです。この番組はアクションとスポーツの融合したエンターテインメント番組でネットフリックスなどの動画配信サイトでご覧になれます。エリックはエクストリームスキーヤーでベースジャンパーとしての知られており、かなり無謀なチャレンジを行っていたようです・・・さすがプロエクストリームスポーツプレイヤーともなると頭のネジのハズレ具合が違いますね!

スカイダイビングを行い、パラシュートで着地する際に木に激突。そのまま帰らぬ人となりました。

プライベートでは彼も二児の父。エクストリームスポーツ界でも人格者として知られており多くの人たちが悲しみに包まれることになりました。

スノーモービル Caleb Moore / ケイレブ・ムーア

冬季エクストリームスポーツゲームのスノーモービルプレイヤーの著名な選手だったケイレブ・ムーア選手。過去にメダルを受賞するような大物プレイヤーも一瞬の油断が命取りになります。

2013年冬季エクストリームスポーツのフリースタイルでケイレブ選手はスノーモービルでアクロバティックなハイジャンプ後の着地に失敗、約200キログラムのスノーモービルの下敷きになります。一時、会場は騒然となりましたがケイレブ選手はすぐに意識を取り戻し、自分の足で歩いて会場をあとにしました。

しかしその後容態が急変、ケイレブ選手は病院に搬送され最初は脳震盪と診断されるものの、入院後に心臓挫傷で心臓付近に内出血していたことが判明します。急いで別の病院に搬送され緊急手術が行われたものの心臓のダメージにより酸素が身体に行き渡らず、1週間後に息を引き取りました。

エクストリームゲームが開催されて四半世紀の歴史があり、多くの怪我や事故がありましたがケイレブ選手が初の死亡事故になってしまいました。

ルーファー Wu Yongning/呉永寧

ルーファー(Roofer)とは高所に登り命綱もつけずに過激で危険なパフォーマンスを行いその動画を公開して収入を得る者たちのことです。彼らもまたエクストリームスポーツプレイヤーといえます。

中国には自分が「中国エクストリームスポーツ界の第一人者だ!」と自称する男がいました。それが彼呉永寧です。彼は幼い頃母親によって女手ひとつで育ってきました。成長した呉さんは映画の脇役として働くことになりましたが、そんな時に彼の母親が病気にかかってしまいます。

映画の脇役の稼ぎではとても治療費を賄えない、そんな呉さんはルーファーとしてのパフォーマンス活動を開始します。彼のパフォーマンスはまたたく間に人々を魅了し、人気ルーファーとして知れ渡り、同時に普通の会社員以上の収入を得ることになりました。

スポンサーから中国の62階建てで高さ約260mの超高層ビルでのパフォーマンスが成功したら報酬を渡すように言われ、意気揚々とパフォーマンスを行っていましたが・・・こちらも動画が存在しますが閲覧は自己責任でお願いします。

手を滑らせてそのまま落下。地上に落下した際はまだ息があったものの、そのまま帰らぬ人に。母親のため、また彼女のために体を張って稼いでいたはずなのに・・・先に自分が亡くなるとはなんとも報われないものです。

その他

スタントマン Mark Sutton / マーク・サットン

マーク・サットンは世界のトップスタントマンでした。危険なダイブやスタントをこなすことで有名な人物で、2012年夏季オリンピックの開会式においてはダニエル・クレイグ演ずる「007シリーズ」の主役ジェームズ・ボンドに扮して飛行中のヘリコプターから飛び降りるという大役をこなした一流スタントマンです。

スイスで行われたトップウィングスーツプレイヤーのイベントにゲストとして参加した日に事故は起こりました。ウィングスーツを身にまといフランス国境近くのスイス上空高度3300メートルから飛び降り、そのわずか20秒後にフランス国境に近い南部バレー(Valais)のアルプス(Alpine)山中で岩に激突。およそ時速200〜250キロメートルの速度でぶつかり、あまりに凄まじい衝撃だったためその身体は損傷が激しく身元の照合にDNA鑑定が必要でした。パラシュートも装備されていましたが使用された形跡もありませんでした。

マークの突然の死はエクストリームスポーツ界だけでなく、映画界やスタント界の人間たちにまで深い悲しみで包まれることになりました。

冒険家 Jimmy Hall / ジミー・ホール

著名な冒険家にもエクストリームスポーツ愛好家と言える人物がいました。ハワイに住むジミー・ホールはハワイでシャークエンカウンターという事業を行っていました。鮫の泳いでいる海の中に檻に入ったまま檻ごと海に入って真近で鮫を楽しむスリリングで人気なエンターテインメントです。ハワイで鮫と泳ぐ人気ビジネスの経営者でした。

鮫の専門家としてディスカバリーチャンネルと契約したジミーでしたが鮫の専門家は彼の一側面に過ぎず、ダイビングやパラグライダーやベースジャンプなど数多くの危険な行為にも挑戦する冒険家でした。

自分の人生にスリルと刺激を与えて生きてきたジミーでしたが、自分の趣味であるベースジャンプを満喫していたときに足を滑らせて亡くなりました。

料理人 Dario Barrio Dominguez / ダリオ・バリオ・ドミンゲス

ここまで来て最後に紹介するのはなんと料理人です。スペインの人気料理番組のシェフだったダリオは世界中を冒険し、世界各地の料理を味わいそれを紹介していました。それと同時に熱心なエクストリームスポーツマニアでも有名でした。ウィングスーツに熱中しており、彼の最後もやはりウィングスーツによるものでした。

2014年スペインのシエラ・デ・セグラ山脈にあるインターナショナル・エア・フェスティバルで、他2名のウィングスーターと一緒に飛びました。 これもまた視聴者の捉えた映像があるので注意。閲覧は自己責任でお願いします。

他の仲間はパラシュートで減速し安全に着地しましたが、ダリオはパラシュートが開かずにそのまま直接岩壁に激突。フェスティバルのイベントは悲しみに包まれました。スカイダイビングのイベントは中止されることになりました。